30代になった社会福祉士のブログ

昭和60年生まれの社会福祉士です。福祉や医療関係、その他ゆるく書いていきます。

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【社会福祉士試験対策】簡単にソーシャルワークのはじまりについて説明してみる。

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今回はソーシャルワークのはじまりについて

大切なところを簡単に説明してみます。

 

ソーシャルワークの先駆者といえば、

メアリー・リッチモンド、ジェーン・アダムズ

この2人の女性が代表的です。

 

この2人は両方ともアメリカ生まれで、

年も近いのですが、それぞれソーシャルワーク

の考え方が違います。

 

社会福祉士の試験だと

リッチモンドとアダムスは丸暗記で乗り切って

しまいがちですが、大切なことが満載なので

解説していきます。

 

メアリー・リッチモンドについて

1861年生まれ。アメリカ・イリノイ州ベイビル出身です。

 

この人はソーシャルワークの基盤になる

「ケースワーク」を作り、ケースワークの母とも呼ばれています。

 

彼女は若くして、両親を結核で亡くしています。

そして、お金もなく貧困に苦しんでいました。

 

しかし、彼女は慈善団体に所属し、メリーランド北部にある

ジョンホプキンス病院で働きだすことで、

福祉に本気で取り組むようになります。

 

この仕事経験がソーシャルワークを形づける

大切なものとなりました。

 

その後、彼女は自らの慈悲活動の経験をもとに

ソーシャルワークを学問にする取り組みをします。

 

そして、1917年に『社会診断』(social diagnosis)

という本を発表し、今後のソーシャルワーク発展に

大きな影響を与えました。

 

ジェーン・アダムズについて

1860年生まれ。アメリカ・イリノイ州シダーヴィル出身。

ロックフォード大学主席で卒業するも、すぐに父親が死去してしまいます。

 

そして、彼女も脊髄を手術するために

フィラデルフィアの女子医科大学を中退。

 

その後、ヨーロッパに行き、スペインで闘牛を見たのを

きっかけに自身のライフスタイルを見直し、

ロンドンへ向かい、世界最初の

セツルメント施設といわれるトインビーホールを見に行きます。

 

セツルメントとは貧しい人々が集まる地域に直接的な援助を

行って、自立した生活をおくれるような社会運動のことを

指します。基本、グループの中で支援を行います。

 

そして、彼女はアメリカに戻り、

セツルメント施設「ハルハウス」をシカゴに開設。

貧しい人々の支援を行っていました。

 

リッチモンドとアダムスの相違点

リッチモンドソーシャルワークを学問にしようと

していましたが、

その一方、アダムスはソーシャルワーク

学問と扱うことに疑問を感じていました。

それよりもアダムスはセツルメントを

はじめとしたコミュニティによる実践を大切にしていました。

 

そして、リッチモンドは個人や家族に注目していますが、

アダムスは主に社会問題に興味を持っているところにも

相違があります。

 

そして、アダムスはセツルメントの活動が

評価され、ノーベル平和賞を受賞しています。

また、国際的なソーシャルワーク団体「NASW」や「CSWE」

にもそのようなアダムスの考えが表れています。

 

これを聞くと、アダムスの方がソーシャルワーク

の考えとして正しいと思ってしまうかもしれないです。

 

しかし、社会福祉士としては、

リッチモンドソーシャルワークも学び、

両者の視点でソーシャルワークを見れる

ようになった方がいいです。

 

やはり、相談員として働くときは「ケースワーク」が

メインになりますし、学問を学ばなければ

社会福祉士の資格もとれませんので

しっかり勉強しましょう。

 

まとめ

①メアリー・リッチモンド、ジェーン・アダムズ

ソーシャルワークの先駆者として大切な人物である。

 

リッチモンドは自分の慈悲活動から、

ソーシャルワークを学問にすることを大切にしていた。

 

③一方、アダムスはソーシャルワークを学問にする考えには懐疑的。

セツルメントのような集団による実践を大切にしており、

のちにノーベル平和賞をとるほどの評価を得ている。